パブリックライフの家


「パブリックライフの家」


都市空間は基本的にプライベートな空間とパブリックな空間とにはっきりと分かれている。例えば、「家」とはプライベートな空間であり、家を一歩出た「道」とはパブリックな空間である。私たちの都市生活も、この空間の特質に応じてパブリックなスタイルとプライベートなスタイルとになんとなく分けられている。例えば、家では家族がのんびりとくつろぎ、道では他人を意識しながら多少の緊張感を持って歩く。しかし、本来私たちの生活は一連のもので、空間を一歩またいだからといって、明確な生き方の質が変わるわけではない。当たり前だけれど。


なので、意識的に頭でスイッチを切り替えて、スタイルと変えないと、なんだかめりはりのない生活が続くことになる。電車でお化粧をしてしまうのも、ショッピングセンターでぐだぐだ過ごすのも、実はこのスイッチの切り替えがうまくいっていないからではないだろうか。



ヨコハマ・アパートメントを訪れた時、まず覚える感覚は、このスイッチをどのように切入すればよいのだろうかという戸惑いである。道から家に入るのだが、靴を脱ぐわけではない。屋根はあるが非常に高く、壁と呼ぶよりはむしろ柱と呼ぶべきものしか仕切りがなく、非常に外部的な家の中の空間である(訪れたときは生憎の雨だったが、それがかえって家であることを強調していたように思う)。


仮にこれを「イエニワ」と呼んでみることにする。ふつう庭は、門扉から玄関までの「前庭」や母屋の裏にある「裏庭」、建物に囲まれた「中庭」等があるのだが、ヨコハマ・アパートメントでは、各戸のプライベートスペース(部屋)の下に庭が取られているような空間構成になっている。ふつうの家だと家の部分がそのまま庭なのである。


そんなわけで、庭にはふつう屋根はないのだが、イエニワには屋根があって、地下階が地上へ浮上してきたようでもあり、むしろ見方によっては、この空間が家を持ち上げてしまったようにも感じられる。パブリックとプライベート、屋外と屋内、上と下、家と道、部屋と廊下、大ボリュームと小ボリューム、家族と他人、私とあなた、あらゆる関係についての、色々なスイッチの切替えが迫られる。そんなはじめての「庭体験」に、屋外空間の専門家であるはずながら、思わずドギマギせずにはおられないのである。



不安なわけではない。むしろその空間は心地よく、いろんな可能性を感受させてくれる空間である。ちまたでは都市空間のプライベート化が進むなか、ヨコハマ・アパートメントは、私空間のパブリック化を極限にまで推し進めている。プライベートと呼べる空間は階段を上がった先の踊り場より上にしかない。しかし、プライベートな生活が追いやられている印象は全くない。むしろ逆に、パブリックな空間にプライベートな生活を開くことで、生活の豊かさが増しているように感じられる。道まで出なくとも、部屋の扉を一歩出れば、そこは既にパブリックスタイルが要求される空間になっており、こういう空間への対応能力を要求する生活、スイッチの切替えを鍛錬する生活は、都市空間の使いこなしの能力にも少なからずプラスの影響を与えるのではないかと思う。



本来、都市空間のパブリックな過ごし方とは、何もよそよそしく、緊張感だけを抱いて過ごすというものではない。他人との関係性を意識しながら、お互いの生活の質を高め合うような、相互のやりとりを持った過ごし方こそ、都市の魅力あるパブリックライフだと言える。イエニワでの身の置きようやそこでの感性は、家の中に居ながらにして、パブリックライフが展開される舞台である。絵を描いたり、コーヒーを飲んだり、子供と遊んだりする、自分にとっての豊かな時間の過ごし方が、そこに居合わせる他の誰かも幸せにする。ヨコハマ・アパートメントは、そんな生活スタイルの家なのである。


イエニワの今後の使われ方は大変興味深い。それが、どのようなパブリックライフを生み、どのように変容していくのか。新しい空間と新しい生活がセットになって、はじめてその空間は人生に置いて重要な意味を持つ空間として育まれるのである。西田さんの仕事は既に空間を用意する建築家だけに留まっていない。空間のデザインと生活の質とは分かちがたく一体の価値として提案されている。この空間には、新しいパブリックライフの可能性が無限に感じられる。生活がまちに開かれ、まちに生きる感じがする。まちに対する誇りや愛着を高め、まちが人生を支えているというような、そんな感覚を感じる空間である。そしてそれが実際に展開されることがこの空間の最大の魅力になるのだと思う。




今後のヨコハマ・アパートメントの展開に期待せずにはおられない。今度はぜひ、晴れた星空の日にでもお伺いしてみたいものである。






【追伸】
帰りに渋谷で降りたら、何だかヨコハマ・アパートメントと似たような空間の質を感じました。やっぱり公共空間に近いんでしょうね。でも家。イエニワで、誰かと待ち合わせっていうのも素敵ですね。


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武田重昭
人と自然の博物館 自然・環境マネジメント研究部 研究員
UR都市機構にて、団地・都市再生における屋外空間の計画・設計・マネジメント等に携わった後、2009年4月から現職。屋外空間での生活の質について研究中。